ワシの軍旗を掲げよ
5ヶ国、11のパートナー(そのうち4つはバードライフ・パートナー、4つは政府機関、1つは電力会社)、350万ユーロの予算と1種の猛禽からなるPannonEagle LIFEプロジェクトは、古代のパンノニア地方(ローマ帝国皇帝属州)のカタシロワシを守る野心的な保護プロジェクトです。
古代ローマの軍隊では、一人の兵士に軍旗を掲げる名誉ある役割が与えられていました。軍旗は軍の栄光と、戦いの際中で集合場所を示すシンボルでした。かつてはオオカミやイノシシなどがシンボルとして槍や穿孔機の先に飾られていました。その後、これらの地上動物は空の王者に取って代わり、紀元前104年までにはブロンズ製の、翼を広げて欧州の空を悠々と弧を描く雄大なワシが使われるようになりました。
強大なローマ帝国は滅びましたが、翼を持つ化身の治世ははるかに長く続きました。何世紀にもわたりイヌワシは英国北部とアルプスを支配し、チュウヒワシはフランスとスペインの拠点を維持し、ボネリークマタカは上空から地中海地方を見渡しました。カラフトワシ、アシナガワシ、オジロワシは言うに及びません。しかし、悲しいことに、急速な都市化と産業化が起こった近年になって、欧州のワシの軍旗が引き下されてしまうような事態、すなわち急激な猛禽類の減少が起こっています。ヨーロッパ各地の保護団体がこれらの象徴的なワシの負のスパイラルを反転させるために活動しています。
先頃、4つのバードライフ・パートナー、MME(ハンガリー)、CSO(チェコ)、BPSSS(セルビア)、バードライフ・オーストリアが全パンノニア地方でのカタシロワシの復活を目指し、5年計画「PannonEagle LIFEプロジェクト」を立ち上げました。
パンノニア地方はかつて北と東をドナウ川、西をイタリア、南をダルマチアに接するローマ帝国の広大な州で、現在のハンガリー、オーストリア、セルビア、スロベニア、チェコおよびスロバキアにおよぶ中央ヨーロッパに広がっていました。この地方にある渓谷は、人間活動により開けた平原から追いやられたカタシロワシ(他のワシとは異なり典型的な低地性の種)の住処となりました。1990年代末以降には、好みの獲物であるヨーロッパハタリス、ハムスター、ノウサギなど5種の小型の農耕地の動物を追って低地の農地に出没し始めました。
体長約80㎝、翼開帳約2mのカタシロワシは威圧的な姿をしています。体色はほぼ全体が茶色で、頭頂と首の横が薄い金色をし、白い模様が肩と雨覆羽の端にあります。鳴き声は耳障りで深い叫び声のようです。この力あふれる捕食者が数を減らした原因は、自然現象ではなく、人の介入によるところが大きいのです。
捕食者が狩られる側になってしまったのです。密猟や毒殺などのいわゆる「捕食者への迫害」が本種の主な脅威で、分かっている死因の30%以上に達します。送電線での感電など、現代文明も多くの鳥にとって非常に危険です。更に事態を悪化させているのが、重要な採餌場所と営巣地が半自然の農耕地、古木、森林の喪失により深刻な危険にさらされていることです。このような脅威によりこの地域全体で今では僅か220つがいが残っているだけです。
「PannonEagle LIFEプロジェクト」はこの傾向を変えようとしています。NGOにより訓練された犬と公園レンジャーが警察と共に毒薬の使用状況を調べています。猟場の番人と農家が協力すれば、ワシとその獲物の生息地の改善や、捕食者への迫害につながる誤解を解消につながるでしょう。人工衛星発信機は、保護団体が最も重大な人とワシとの衝突地域を特定し、迫害で怪我をした鳥を救うことができるでしょう。
巣を保護も重要です。カタシロワシは目の肥えた不動産開発業者です。彼らは南向きの斜面にある大木の天辺で採餌場所の近くに営巣することを好みます。常に他の木で視界が遮られない見晴らしの良い場所に巣を作るので、彼らは何か問題があればはるか遠くからでも気づくことが出来ます。問題がなければ、毎年草や羽毛でリフォームして、同じ巣を数十年にもわたって使います。既存の巣を守ったり、人工の巣を作ることは繁殖の成功につながるでしょう。
これらの対策により、カタシロワシの年間死亡率が12%以下に下がり、個体数が2021年までに250つがい以上に増加することが期待されています。PannonEagle LIFEプロジェクトで行っている活動は、ハンガリーで行われたカタシロワシを守る類似のプロジェクトHELICON LIFEで大成功を収めた実績があるので、こうしたことが実現する可能性は非常に高いと言えます。
ハンガリーで実施された活動は、探索犬部隊の創設、羽毛からのDNA‘指紋’の採取、人工衛星追跡タグ装着、人工巣の設置とその保全、教育用の自然散策路の設置、繁殖をモニタリングするための‘雛のチェック’および密猟を報告するためのホットラインの開設などです。
例えば、毒殺事件を取り締まる活動の結果、数名の犯人が裁判で有罪となり、ハンガリーでは初めての禁固刑または巨額の罰金刑を受けました。この判例が効果的な抑止力となり、毒殺されたワシの個体数は2012年の16羽から、2016年には1羽に減りました。
また、遺伝子追跡の結果ではプロジェクト開始時の繁殖個体の推定死亡率は15~25%と推定されていましたが、プロジェクトの後半には6~9%に下がりました。また同じ時期の人工衛星追跡装置を装着した幼鳥の年間死亡率も50%から10~20%に下がりました。これらの成功により、2016年末には全体の繁殖個体は30%増え、200つがいになりました。
これらの保護活動に加えて、メディアの積極的な報道により一般の関心が高まり、このあまり知られていない捕食動物の危機に対する密猟者の態度も変わりつつあるのです。ローマ時代には、ワシの軍旗が失われることは不名誉なことと考えられていました。ですから軍隊は彼らのワシを守ることに全力を挙げ、失った軍旗を数十年も探し続けたのです。ワシが居なくなることが重大なことだと分かるまでに、あと何羽の本物のワシを失えば良いのでしょうか?今こそ軍旗を揚げ、自然を救うための戦いに出るべきです。
報告者: Gui-Xi Young
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