日本の国鳥 ―「雉子」
「レンズを通して」婦人画報誌2020年3月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
3月3日は桃の節句、ということで、今回は「桃太郎」にも登場するキジについて書かせていただくことにしました。目立つ風貌で多くの絵に描かれ、「ケーン、ケーン」と通る声からも多くの歌や句に詠まれてきた鳥です。結婚当初、高円山の情景を詠んだ万葉歌「雉鳴く高円の辺に桜花散りて流らふ見む人もがも」を紹介され、その時、初めて「雉、雉子」を古くは「きぎし、きぎす」と言っていたことを知りました。
キジは昭和22(1947)年に日本鳥学会により国鳥に指定されています。国鳥として選ばれた理由としては、日本の固有種であることや『古事記』や『日本書紀』に記載があり、桃太郎などの民話で古くから人々に親しまれていたこと、オスは羽が美しく、飛ぶ姿が力強く男性的であり、メスは「焼け野のきぎす」といわれるように、巣のまわりが燃えてもわが身をかえりみずに卵やヒナを守り、母性愛と勇気を象徴していることがあげられます。また、キジは大きく、狩猟対象として最適であり、肉が美味。国鳥が狩猟対象であることは世界的に珍しいのですが、歴史的に見て、日本人の生活には欠かせない鳥であったともいえましょう。宮中でもお正月にはキジの肉を入れた雉酒をいただきます。
桃太郎の家来となって鬼退治に参加するキジは、勇気があることから偵察役を担いますが、勇気があるといわれているのはメスの方。卵を抱いたメスは、何が起こっても、誰が接近しようとも、最後まで巣を離れない習性をもっています。しかし桃太郎の家来はオスのキジ。オス同士の縄張り争いはなかなか迫力がありますが、通常オスは警戒心が強く、勇気があるというよりはむしろ逃げるスピードがとても速い、というイメージです。またキジは強い足を持っており、普段の移動は歩行がほとんどですが、敵から逃げる場合などには大きく重い鳥であるのにもかかわらず、垂直に飛び上がります。
ところで、キジのオスは極めて色鮮やかですが、メスはとても地味です。それはなぜでしょう。このような鳥に共通しているのは、オスが子育てを手伝わず、メスのみが子育てをする点です。子育てするメスは敵に目立たないことが好都合であるため、地味な姿に進化したのでしょう。そして解放されたオスはできるだけ多くのメスにアピールするために、この派手な姿に進化したと考えられます。
動物では、キジのようにメスがオスを選ぶのが一般的です。しかし人間は逆に、女性がおしゃれをして派手な色目で着飾り、男性は地味です。つまり女性が男性にアピールし、男性から選ばれようとしているとも考えられるのです。そしておしゃれをしながらも、女性のみが子育てに励んできたという歴史もあります。ところが最近は女性が男性を選ぶことも多くなりましたし、子育てに参加する「育メン」も増えてまいりました。
人間の場合、相手を選ぶのは男性なのか、それとも女性なのか。派手に着飾りながら、子育てをしてきたのはなぜなのか。これら人間の行動が今後、いかに変化していくのかなど、動物行動学的に、そして社会学的にどのように説明されていくのでしょう。必ずしもキジと同列に議論するべきものではありませんが、何となく気になる興味深い問題です。