「海鳥の楽園」天売島
「レンズを通して」婦人画報誌2025年6月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
協力[画像編集]=藤原幸一(NATURE’S PLANET) 編集=桝田由紀(婦人画報)、バードライフ・インターナショナル東京
昨年の6月、北海道羽幌町の沖合30キロの日本海に浮かぶ天売島に行ってまいりました。長年の夢が叶っての渡島でしたので、ついつい興奮して膨大な数の写真を撮ってしまいました。今月はその中から数枚をご覧に入れながら、3種類の海鳥と「海鳥の楽園」とも呼ばれる天売島について、ご紹介したいと思います。
天売島は周囲12キロ、人口約250人の島です。羽幌港からフェリーで1時間半ほどかかるのですが、海鳥が水面を飛ぶ姿や、潜りながら魚を捕る様子を夢中になって観察・撮影していたら、あっという間でした。
この島は世界有数の海鳥繁殖地であり、8種類、約100万羽の海鳥が繁殖しているといわれています。世界でオホーツク海周辺のみに生息しているケイマフリの国内最大の繁殖地であること、そして約40 万ペアのウトウが繁殖する世界最大の繁殖地であることは特筆すべきことでしょう。地元の研究者の話では、この二つの条件に当てはまる海鳥繁殖地は世界に類を見ないそうです。また、ウミネコは日本近海だけに生息するカモメの仲間で、天売島には約5000羽が繁殖しており、さらには、島の西側の断崖が日本において唯一ウミガラス(オロロン鳥)が繁殖する場所であり、世界最南端の繁殖地でもあるのです。
最初の2枚はケイマフリの写真です。ケイマフリは切り立った断崖の岩の隙間に巣を作っており、子育て中の番が多く見られました。必ずしも巣の近くに適当な着陸場所があるとは限らないようで、時々着地点から凸凹した岩の上を歩いて移動していました。
右ページの下の写真(web上では下の写真)は、草地や岩場に営巣しているウミネコの数をご覧いただきたかったので選びました。ノスリ(トビより一回り小さい猛禽)が上空を飛んだため、警戒して一斉に飛び立ったところです。一時期はウミネコの数が激減し、心配な状況になっていましたが、近年は順調に回復していると聞いています。

ウミネコ 46.5cm カモメ科
日本の代表的なカモメの仲間。世界的な分布は狭く、太平洋西部の日本近海に生息する。
潜小型で足が黄色く、尾羽の太い黒帯が特徴的。「ミャーミャー」と鳴く。
© HIH Princess Takamado
最後の鳥がウトウです。夏の繁殖期に上の嘴に現れる突起が特徴的で、英名のRhinoceros Auklet(サイのようなウミスズメ)は、言い得て妙と思います。ウトウの帰巣がピークとなるのは日没以降。暗い中での単独観察はウトウの生態に負荷をかけますので、地元のナイトツアーに参加しました。多くのウトウはヒナに与える魚をくわえており、その魚を横取りしようとするカモメ類を避けるため、時速80キロにも及ぶ直線飛行で巣穴に向かいます。薄暗闇の中、数十万羽のウトウが次々と戻って来る様子は実に圧巻でした。
ただ、その舞い降りる姿に感動する一方、猛スピードで標識やガードレールに激突する鳥が一定数おり、暗闇に響く衝突音の大きさに愕然としました。また、舞い降りた多数のウトウは夜間に営巣地の地上を歩き回り、道路にも密集するとのことで、車両との接触事故が発生してしまいます。翌朝、ウトウの死骸がいくつか道路に落ちていて心が痛みました。

ウトウ 37.5cm ウミスズメ科
北日本沿岸から千島列島、アリューシャン列島、アラスカ州まで北太平洋沿岸に広く分布。
繁殖期には顔に白い飾り羽が生え、嘴の付け根に白い突起ができる。ウトウはアイヌ語で「突起」という意味。
© HIH Princess Takamado
多くの海鳥繁殖地は遠く沖合にある無人島ですが、天売島は人と海鳥が共生する珍しい島です。地元では環境省や専門家と相談しながら、長年にわたり海鳥の保護に取り組んでこられました。移住してきた研究者から漁師さんまで、島の住民が一丸となってこの「海鳥の楽園」を守ろうとしていて心強い限りです。今後はさらに、ウトウが衝突しそうな人工物の撤廃や営巣地への車両乗り入れの期間や時間帯を制限すること、また国立公園指定や世界自然遺産の登録を目指すことについて議論を重ね、良い解決策を導き出していただければと思いました。
今回、天候の悪化により、ウミガラスの観察・撮影を断念せざるを得ませんでしたが、次回はぜひ観たいと思います。読者の皆さまも、天売島を訪れることをご検討くださいませ。日本の宝であるこの島の、心温まる人と海鳥の共生が末永く続きますよう、心より願っています。