巣穴を争うコムクドリ
「レンズを通して」婦人画報誌2025年4月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
協力[画像編集]=藤原幸一(NATURE’S PLANET) 編集=桝田由紀(婦人画報)、バードライフ・インターナショナル東京
「桜鳥」の別名をもつコムクドリは、桜の花の時季に渡来し、桜の実を好む鳥です。いつの日か、コムクドリが桜の花をバックに佇む姿や桜の実を食べる姿を写真に捉えることに成功しましたら、皆さまにご披露させてくださいませ。今回は、さわやかに芽吹く林で巣づくりを始めたコムクドリをご紹介いたします。
コムクドリは同じムクドリ科のムクドリよりもひと回り小さいことからこの名前が付けられましたが、ルックスはムクドリとかなり異なります。コムクドリのオスは頭が白く、頰の一部が赤茶色、体の上面は美しい金属光沢のある紺や紫、黒と目を引きますが、メスは全体的に白く、控えめな印象を受けます。ともに、白い頭に黒いつぶらな瞳というはっきりした組み合わせにより、撮影時には「ピントの合いやすい鳥」です。

コムクドリ 19cm ムクドリ科
世界的な分布は狭い。日本の本州中部以北が主な繁殖地だが、サハリン南部や南千島でも繁殖する。
冬はフィリピンやボルネオ島北部に渡り、越冬。その他の日本各地は旅鳥として通過し、ムクドリの群れに交じることもある。
© HIH Princess Takamado
今回ご覧に入れている写真は、長野県の戸隠森林植物園と千曲川河川敷の林で、2回にわたってコムクドリを撮影した時のものです。戸隠は5月の半ばを過ぎており、子育て中でしたが、数年後に訪れた千曲川は5月初めであり、いろいろな繁殖行動を観察できました。囀るオスのところにメスが来たり、オスとメスが樹洞をのぞき込んだり、巣穴に出入りしたり、巣材を運んだりと、忙しなく動き回っており、彼らの姿をカメラに収めようとしていた私もあわただしかったです。
コムクドリは番が形成されてから本格的に巣づくりを始めます。 最初に行うことは、巣穴の「お掃除」です。キツツキの古巣を利用することも多く、メスとオスが協力し合って中から古い巣材などを運び出して、外に捨てます。次に、イネ科植物などの枯れ葉を巣材として運び込み、巣をつくります。産座には主にイネ科の枯れ草が使われますが、鳥の羽毛などを使う個体もいるそうです。
巣が完成すると、毎日1個ずつ計5個、きれいな青色の卵を産み、抱卵を開始します。抱卵日数は15日間ほど。そしてヒナは、孵化して約2週間で巣立ちます。
巣づくり中には、左の写真(web上では下の写真)のように青葉をくわえる姿やそれを巣穴に運ぶ行動がたびたび確認できました。この青葉をくわえ運ぶ行動は他の鳥でも知られており、私はずっとオスがメスを引き付ける求愛のためのものだと思っていました。しかし今回エッセイを書くために読んだコムクドリの論文のなかに、興味深い観察結果が記載されており、そうでないことがわかりました。巣づくりが本格的に始まると、オスだけでなく、メスも青葉をくわえ、枯れ葉の巣材とともに巣穴に入れて、底に敷きます。そしてその後もたびたび青葉を補うのです。このことから、ダニのような寄生虫が巣にはびこらないようにする目的があるのではないかと記されていました。ワシタカ類の青葉運びが寄生虫を除去するためであることはすでに明らかになっていますので、コムクドリの場合も、それと同じ行動なのでしょう。

オニグルミの木に止まり、青葉をくわえたオス。5~7月が繁殖期で、メスとオスが協力して子育てをする姿がほほえましい。
地上で餌をとるムクドリと違い、主に樹上で昆虫類やクモを捕食し、木の実を採食する。
© HIH Princess Takamado
コムクドリは日本が主な繁殖地の鳥です。日本に渡ってきたら速やかに、巣穴として適した樹洞を確保し、番を形成しなくてはなりません。しかし、適当な樹洞の数には限りがあります。留鳥のムクドリは、一足先に繁殖を始めていますので、後からやってくる夏鳥のコムクドリは不利です。ムクドリから巣穴を奪おうと激しい争いを繰り広げますが、体がひと回り小さいコムクドリの勝算は低いようです。
私は、撮影中、ついついより小さく健気にみえるコムクドリの方を応援したくなりましたが、よく考えたら、すでに営巣しているムクドリから巣穴を奪おうとしているのはコムクドリ。両者、子孫を残していくための一歩も譲れない攻防を、私は中立の立場で見守るべきであったと今は猛省しております。