ベトナム戦争で激減したキジを復活できるか?
ベトナムの固有種コサンケイはベトナム戦争の影響で野生絶滅しました。けれども飼育下で増えた個体がもう一度もとのねぐらに戻る日が来るかもしれません。
茂みの中から、赤い顔をしたドゥクラングール(サルの1種)が森から外の様子を伺っています。遠方にはキタホオジロテナガザルの呼ぶ声が早朝の静けの中でこだまします。その下には多種多様な哺乳類がいます。その中には世界で最も希少な大型哺乳動物の1種サオラがいます。このウシ科の動物はあまりにも人里離れた場所に生息しているので、研究者が1992年の調査中に偶然発見するまでは人に知られていませんでした。
私たちは今ベトナムのアンナン低地にある常緑広葉樹の森Khe Nuoc Trongにいます。まるで3~4種の絶滅危惧種に触れずには腕を伸ばしてあくびもできないかのようです。このエリアは生物多様性の宝庫ですが、何かが欠けています。この森の最も重要な存在の一つです。今なら、「ウク、ウク、ウク、ウク」というしわがれ声を聞かずに午前中一杯過ごすことができるでしょう。この声はかつて森のなかでけたたましく響いていたのです。その声の主は2000年以後野生では観察されたことのないベトナムの固有種コサンケイ(絶滅危惧ⅠA類)です。
雄は顔が赤く白い鶏冠を持つ、虹色の青い体のこの美しい鳥は、姿を消す以前から野生の状態がほとんど知られていませんでした。コサンケイはいつも湿潤な低地森林を好むと言われていました。1896年に発見され、20世紀初頭にフランス人鳥類学者により記録されて以後、ほぼ60年の間記録がありませんでした。1996年に突然再発見されましたが、その直後から再び消えてしまいました。彼らが好むと思われる場所で徹底的な調査が行われましたが、痕跡すら見つけることができませんでした。
これは恐らく驚くことではありません。コサンケイは低地熱帯雨林にのみ生息しますが、こうした森にとっては控えめに言っても20世紀は非常に厳しい時代となりました。本種の歴史的生息地の中心はクアンチ省で、ベトナム戦争中は非武装地帯でしたが、同時に最も激しい戦闘が行われ、大量の除草剤が使われた場所でもありました。1955年に始まり1975年のサイゴン陥落まで続いたベトナム戦争の間、7200万リットルの悪名高い「オレンジ剤」などの除草剤がアメリカ軍により森や野原に散布されました。コサンケイなど、このエリアの生物多様性への影響は想像に難くありません。
戦争終結後、人口の増加と農地開発によりコサンケイの生息に適した環境はさらに減少しました。樹木が再生してきていたり、植樹により一見すると原生林のように見える場所もありますが、動物がいないのです。彼らは食糧として、あるいは密猟により徹底的に狩りつくされたのです。コサンケイの個体群ももし生き残っていたとしても減少し、散り散りで、脆弱な状態に陥っていたことでしょう。さらに、ブッシュミート(野生生物の肉)のための罠がコサンケイの最後の生き残りを捕らえてしまった可能性が強く示唆されています。確認するには森林くまなく調べる必要がありますが、野生絶滅した可能性は大です。
良いニュースもあります。1920年代に少なくとも14羽のコサンケイが捕獲されフランスへ送られていたのです。その数は今では1000羽以上を超え、ベトナムのハノイ動物園のほか、世界各地で飼育されています。その中には純粋のコサンケイではない可能性があるものもありますが(その多くはハッカンとの混血)、これを解決するために現在遺伝子解析が行われています。最も純系の個体を選んで繁殖させ、将来の放鳥に備えるためです。これはそれらの2~3世代後の子孫が対象になるでしょう。それには少なくとも5~7年の時間が必要ですが、もし成功すれば、これらの鳥は自然に戻され、コサンケイの初めての新個体群になり、またもしかすると生き残っているかも知れない未発見の野生個体群の復活にも貢献するでしょう。
もちろん、自然の方も彼らを受け入れる準備が出来ていなければなりません。現在、残された森林にコサンケイの生き残りを探す調査が行われています。他の可能性のある森林についても、再生と保全の対策が実施されます。コサンケイの野生復帰プログラムにとって最大の脅威は狩猟です。そこで、ヴェト・ネーチャー(ベトナムのパートナー)は他の協力者と共にKhe Nuoc Trong, Bac Huong Hoa, Đakrong, Phong Dien(いずれも地名)およびKẻ Gỗ 自然保護区などの重要なサイトでの狩猟を根絶するための活動を行っています。
コサンケイの繁殖プログラムの第1歩は既に始まっています。地元のパートナーの支援を得てヴェト・ネーチャーはクアンビン省に広さ5ヘクタールの育種場と環境教育センターの建設を予定しています(バイオセキュリティの理由から保護区外に)。新しい育種場の建設と操業に備え、資金面および管理面での支援が求められています。
現在、繁殖プログラムに最適な個体の剪定作業が進められています。その中にはハノイ動物園のスタッフや欧州の動物園と個人ブリーダーも含まれています。2015年には4羽のコサンケイが、1997年に捕獲された唯一のオスの子孫との交配のためにハノイ動物園に送られました。ヴェト・ネーチャーとハノイ動物園は、ハノイ動物園から、または同動物園経由で、繁殖プログラムの最初の個体を提供する計画で協力しています。コサンケイの繁殖個体群を確立することがその第1歩です。野外放鳥には試行錯誤が必要であり、もう少し時間がかかりますし、放鳥された鳥の全てが生き残ることもないでしょう。酉年の今年、コサンケイの数つがいを収容する最初の鳥小屋が育種場に建設される予定です。12年後の次の酉年(2029年)までに、コサンケイが本来の生息地でもう一度持続可能な個体群を形成することが期待されています。
鳥1種を本来の生息地に戻すという活動の肝となるのは、ベトナムの森林の復元です。森林は生活の基盤、清浄な空気、綺麗な水を提供し、気候変動の脅威に対する緩衝帯になります。けれどもベトナム人にとってはそれ以上の存在であり、ベトナム独特の地勢と文化の存続を強化することにつながるのです。その存続のシンボルとして、森の中のまだら模様の明かりの中で羽毛を光らせ、生命の源となる雨の中で喜び、も 「ウク、ウク、ウク・・・」という鳴き声で再び静寂を破る美しい鳥に勝るものはないでしょう。
報告者: Nicola Davies