ハスの季節に

ヨシゴイ © HIH Princess Takamado

「レンズを通して」婦人画報誌2022年8月号

写真・文=高円宮妃久子殿下

お盆のころに日本各地で花盛りを迎えるハス。仏教との関わりが深く、極楽浄土に咲く花として古くから尊ばれてきました。ハスは泥の中で生まれても、汚れることなく、清らかな美しい花を咲かせることから「清浄無比の花」と慈しまれております。そのハスの花と一緒に撮ったヨシゴイの写真がありますので、今回はヨシゴイについて書かせていただきます。

数年前、ある友人から、越谷市にある池の隅にハスが群生しており、そこに数羽のヨシゴイがいると連絡が入りました。「花&鳥」の撮影チャンスはありがたいもので、さっそく日程を調整し、現場に向かいました。

到着すると、1羽のヨシゴイがすでに姿を見せており、ハスの茎に摑まって、首を伸ばし、じっと水中の獲物を待ち伏せていました。ところがハスの花を探してみると、ヨシゴイと同じような低い位置に咲いている花は一輪のみ。一応、その花に目星をつけて、そこに近づいてくれることを願いながら、ヨシゴイのさまざまな行動や表情を撮影しました。

軽量でハスの浮葉の上を自由に動き回る。ミョウガに似ているとのことで「ミョウガの妖精」とSNSで話題になっているらしい。
写真提供:© HIH Princess Takamado

この日、撮影に当てることができたのは午前中だけ。ハスの花とヨシゴイの写真は撮れないまま、あっという間に時間が経ってしまいました。どこかユーモラスなルックスで楽しませてくれたヨシゴイに「今日はありがとう」と別れの挨拶をして帰ろうと思ったその時、今まで採餌をしていたヨシゴイが茎から茎へと移動を開始。群生するハスの奥に入るのかと思いきや、あの一輪の花の所へと向かい、そこで一瞬だけじっとしてくれたのです! 枝が被らないように撮れた写真はこの1枚のみでしたが、帰路についた私は、車中とても幸せな満足感に浸っておりました。

この越谷市のハスの群生は、私が撮影して間もなく撤去され、そこを棲み処としていたヨシゴイたちも、もうあの池にはいません。そう考えると、この “貴重” な写真を撮らせてくれたヨシゴイがより愛おしい存在に思えてきます。

ところで、ハスの群生地や蓮田などはヨシゴイの本来の生活場所ではありません。このページの下2枚の写真は、ともにヨシ原で撮ったものですが、ヨシ原こそがヨシゴイの棲み処。ヨシ原の中で餌を捕り、ヨシの葉で上手に巣を造り、子育てをします。ヨシゴイの体が小型化し、身軽になったのは、ヨシ原での生活に適応しきった結果と考えられているそうです。

下の写真、中央にヨシゴイがいるのですが、おわかりになりますでしょうか? 忍者のようにヨシ原で巧みに暮らすヨシゴイは、地味な姿をしており、このように首を伸ばし、姿をより目立たなくする「擬態」もこの鳥の特徴的な行動です。警戒し、難を逃れるための行動であるとともに、水辺で獲物を待ち伏せる時にも役立っています。

上空の猛禽に警戒し、ヨシ原に溶け込むよう首を真上に伸ばし、擬態。河川、湖沼、休耕田のヨシ原で営巣。ヨシの葉で巣を造る。卵やヒナを狙う天敵はヘビやイタチなど。
写真提供:© HIH Princess Takamado

ヨシ原が広く存在したころには身近な鳥であったヨシゴイですが、ヨシ原の減少とともに生息数が減り、昔のように普通に見られる鳥ではなくなってしまいました。かつてヨシは、日本人の生活の中でさまざまに活用されていたので、春先には全国的に枯れヨシの火入れを行うなど、手入れがされていました。しかし現在ではほとんど行われておらず、このような「人の生活の変化」に伴い、ヨシゴイの生息環境が失われ、数の減少に繫がっているものと思われます。まさに、ヨシゴイは絶滅に瀕している水辺の鳥の代表と言っても過言ではないでしょう。

写真はオス。オスの額は青みがかった黒に対し、メスの額は赤褐色。
朝夕は活発に行動し、餌は小魚を中心にカエル、エビ、昆虫など。
茎を摑みながら、素早く歩く様子は、「ヨシ原を駆ける」と表現されることも。
写真提供:© HIH Princess Takamado

ご先祖さまをお迎えするお盆の時期。命について、また過去・現在・未来と繫がる自分の立ち位置について思いを巡らす時です。美しいハスの花を見ながら、この静かで目立たないヨシゴイが種として絶滅せず、未来へと生き延びてくれますよう願っております。

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