トビは賢い鷹

トビ © HIH Princess Takamado

「レンズを通して」婦人画報誌2021年8月号

写真・文=高円宮妃久子殿下

アメリカから帰国した小学4年生のころに、学校で「とんび」という歌を習いました。大正時代の歌ですが、その歌詞は、「とんび」の名前でも知られるトビの様子を的確に描写しており、「ピンヨロー」(または「ピーヒョロロロ」)と鳴きながら、空高く輪を描いて飛ぶ姿は、現代の日本人にとって馴染み深いものです。今月はどこか涼しげなトビの写真を選び、その生態について少しご紹介しながら、この鳥のよい面に言及させていただきます。

鷹の仲間であるトビは立派な風貌の持ち主であるにもかかわらず、タカ科の中では最も低いランクに位置付けられています。「鳶が鷹を生む」や「鳶も居ずまいから鷹に見える」「鳶の子は鷹にならず」などといわれ、「いくら何でも可哀そう」と思うこともあります。そのようにいわれる最大の理由はトビが、動物の死体を食べるスカベンジャーであること、つまり腐肉食でもあるからです。私たちの環境を清潔に保つためには、自然界にもお掃除屋さんは必要なので、そのために低くランク付けされるのはちょっと気の毒ではないでしょうか。

海面上空を餌となりそうな獲物を探しながらゆっくり円を描いて飛んでいるトビの写真を撮っていたら、カラスが突然現れて、激しく威嚇。
トビが空中で急ブレーキをかけているような写真になった。
左に写っている岩の上にカラスの巣があり、トビが近づきすぎたためであろう。
写真提供:© HIH Princess Takamado

日本で高級な鷹とされてきたのは、鷹狩りに使われるイヌワシやクマタカ、オオタカなどで、トビは鷹狩りには使われません。トビの主食は死んだ動物であり、狩りをしても捕らえる生き物は昆虫やカエル、ネズミなど。鷹狩りで期待される獲物とは大きく異なります。

トビは腐肉食であるために群で生活するのですが、この習性もまた、鷹狩りに使われる猛禽が孤高であることと対比され、低級に見られる要因です。さらには、上昇気流を利用し、はばたかずに滑空します。上空から動物の死体を探す習性であるため、行動が鈍く見えることも低く考えられる原因のひとつです。

尾の先端が直線、もしくは中央が少しへこむバチ形であることが特徴。
特定の生き物を下に見てはいけないと思いつつも、夜空に浮かぶきれいな月の近くを「トビでいいから、飛んで」と心の中でつぶやき、念願かなって撮れた写真。
写真提供:© HIH Princess Takamado

ゆっくり旋回しているからといって、素早く動けないわけではありませんし、ほかのタカと同様、トビはいい視力を持っています。「鳶に油揚げをさらわれる」といいますが、神奈川県の沿岸部では、お弁当の中身や手に持っているサンドウィッチやアイスクリームなどをピンポイントでさらっていきます。観光客の餌やりや屋外での食事が、これらを「狩りの対象」と学習させてしまいました。トビが悪いわけではないのですが、生きた獲物を見つけて巧みに捕らえるほかの猛禽に比べて、よいイメージに繫がらないのも理解できます。

『日本書紀』には、神武天皇の弓の先に止まった金色のトビが光を放ち、敵の目をくらませて、戦いに勝利をもたらした霊鳥と記されています。かつてトビは神聖な存在だったのです。マイナスのイメージをもって見られるようになったのは、おそらく人の生活に依存するようになってからでしょう。人間と共存できているのも、人に対しての警戒心が強く、人になつかない性質ゆえのこと。それがさらにネガティブな印象を与えるのかもしれません。

この写真では判りにくいが、飛翔時に翼の先端部分に白斑が目立ち、ほかの鷹と区別しやすい。運んでいる大きな魚はすでに尾びれがないため、このトビが生きた魚を捕ったのではなく、ほかの鳥から横取りしたもの、または漁港に捨ててあったものであろう。
写真提供:© HIH Princess Takamado

ところで、トビは全般的に減少傾向にあるタカ科の中で増加の傾向にあります。「能ある鷹は爪を隠す」ともいいますが、より効率よく食にありつく手段を見つけるしたたかさと学習能力を持っている鷹ともいえましょう。

トビを低く見るのは言うならば偏見。どの生き物に対しても、偏見はよくないと自分にも言い聞かせながら、改めて書かせていただきます。トビは間違いなく鷹です。それも大事な役割をもつ、賢い鷹なのです。

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