鳥の名前あれこれ
「レンズを通して」婦人画報誌2024年10月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
協力[画像編集]=藤原幸一(NATURE’S PLANET) 編集=桝田由紀(婦人画報)、バードライフ・インターナショナル東京
シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』に、「名前に何があるの?バラと呼ばれる花を別の名で呼んでも、甘い香りに変わりはない」(松岡和子訳)という名台詞があります。今回の話からいささか外れるかもしれませんが、シェイクスピア好きの私にとって、このテーマをあつかうなら、どうしても引用したい台詞です。日本には古くから先代や師匠の名前を襲名したり、屋号を使ったりする習慣がありますし、最近では「夫婦別姓」についてもいろいろ議論されています。そこで、今回は「鳥の名前にまつわる話」をいくつかご紹介したいと思います。
最初は「アマサギ」です。求愛の時期になるとこのような亜麻色の繁殖羽になるので、この名前が付きました。他方、実は山陰地方では「ワカサギ」という魚を「アマサギ」と呼びます。「アマ」は「味が良い」、サギは「小さな魚」という意味で、「アマサギ」は宍道湖七珍のひとつです。鳥と魚の「アマサギ」がともに存在するのは山陰地方だけです。また、写真ではご紹介しませんが、島根県にはカモの仲間の「シマアジ」も飛来します。「アマサギ」と「シマアジ」、山陰地方には鳥と魚が同じ名前のものが少なくともふたついるということになります。
下の写真は、海岸の岩礁などに生息している「クロサギ」、英名「Reef Heron」です。最初に出会ったのは35年ほど前で、宮様がダイビング中に船上からバードウォッチングをしていた時です。岩礁には黒いサギに交じって白いサギもおり、名前を聞いたら、「クロサギの白い個体です」とのこと!「名は体を表す」と申しますが、さすがに相対する白と黒では当てはまりません。心の中で「これって詐欺(サギ)では」と呟いてしまいました。
次の写真でご紹介するのは、「ツミ」です。写真では大きく見えますが、日本で最小の猛禽で、写真のメスはキジバト、オスはヒヨドリほどのサイズしかありません。しかし実に優秀なハンターなのです。ツミの声が聞こえると、その狩りの対象となる鳥たちは、ぴたっと鳴くのを止め、物陰に隠れてじっとしています。メスの和名は「雀鷹」、オスは「悦哉」と呼ばれ、かつては別種と考えられていました。それがなぜメスの方の呼び名になったのかも気になります。
下の写真は「ヤツガシラ」。独特のルックスと動きで、観る人を楽しませてくれる鳥ですが、同時に、サトイモの変種の名前でもあります。縁起の良い「八頭」という名から、そして、親芋と子芋が分かれずごつごつした塊になることから、子孫繁栄を願ってお節料理に使われるおめでたいお芋です。ともにユニークな雰囲気を持つ生き物に同じ名前が付けられた偶然に、ちょっと笑ってしまいます。
最後の写真は「ウソ」です。「フィー、フィー」と口笛のような澄んだ声で囀るので、「口笛を吹く」を意味する古語「うそぶく」から「ウソ」という名前になったと言います。ウソは姿も声も美しく、しばしば絵図に描かれ、その細く、哀愁の漂う寂しげな鳴き声は古くから愛されてきました。オスの頬から喉にかけての紅色が特徴的であり、その鮮やかさには個体差があります。また腹部近くまで赤い別亜種もいます。バーダーのレンズは常により赤い個体を探しており、「真っ赤なウソ」には人気が集中します。
今回は、いくつかの鳥の名前について紹介させていただきました。名前にはそれぞれ由来があるはずですが、なぜその名前になったのか、わからない部分が多くあります。ただ、先に述べたシェイクスピアの台詞のように、鳥の名前も言ってみれば人間が勝手に付けたもの。名前の由来を詮索すること自体、あまり意味がないのかもしれませんが、「嘘(ウソ)のような本当の話」は他にもありますので、またいつか別の機会にご紹介できればと思います。