アジサシの飛ぶ海

アジサシ © HIH Princess Takamado

「レンズを通して」婦人画報誌2023年7月号

写真・文=高円宮妃久子殿下
協力[画像編集]=藤原幸一(NATURE’S PLANET)

海が恋しくなる季節となりました。夏の海といわれて思い描くのは、真っ青な空に白い雲、心地よい風、そして群れて飛ぶ海鳥でしょうか。今回は、海鳥の中では小さく、細長い翼と長く尖ったくちばし、短い脚を持つアジサシの仲間を紹介させていただきます。

 

アジサシ 35.5cm カモメ科
ユーラシア大陸中南部、北米東部で繁殖し、アフリカ、東南アジア、オーストラリア、南米の海岸で越冬する。
日本では全国の海岸で春秋の渡りの時に観察される旅鳥だが、繁殖した例もある。
アイルランドのロッカビル島で撮影。
© HIH Princess Takamado

 

最初の写真は、アイルランドの島で撮ったものです。調査のために設置された小屋に身を潜めて撮影していると、近くに止まりました。巣にいるヒナのために魚を運んできた親鳥でしょうか。アジサシは飛びながら海面を見下ろし、水中の獲物を見つけると翼をすぼめ、猛スピードで急降下します。漢字で書くと「鯵刺」。鋭い嘴を下に向けて一気に水中に潜る様子が、アジを突き刺すように見えたことから名づけられたようです。

エリグロアジサシ 31cm カモメ科
インド、東南アジア、太平洋南西部の島々で繁殖。日本では南西諸島に夏鳥として渡来する。
飛ぶ姿はほぼ真っ白に見える。 宮古島で撮った写真。
この2羽は巣の近くにある駐車場の水たまりで入念に水浴びしていた。
© HIH Princess Takamado

 

アジサシの仲間は長距離を飛んで移動しますので、飛ぶことに非常に長けています。アジサシはグライダーのような形状の翼を持ち、海上を飛ぶ姿はとてもエレガントです。アホウドリやミズナギドリなども同じような形の翼をしています。

ベニアジサシ 35cm カモメ科
イギリス、デンマーク、アフリカ、東南アジア、オーストラリアや北米東岸などの島々の岩礁で繁殖。
日本では主に南西諸島に夏鳥として渡来する。
アイルランドのロッカビル島は、欧州最大の繁殖地。
© HIH Princess Takamado

 

鳥たちはそれぞれの生活に適した翼と体の形を有しており、その翼は腕の部分の長さと先端部分の形状の組み合わせにより幾通りかに区分されています。電車の窓からでも、ビルの屋上からでもいいので、たまには空を見上げて「鳥の翼と飛び方」を観察してみてはいかがでしょうか。身近な鳥、例えば、カモメやトビ、ハト、スズメなどの羽ばたきにご注目いただければ、と思います。またハチドリやフクロウなどのネット動画もお勧めです。

餌を獲りに海へ繰り出すベニアジサシ。
© HIH Princess Takamado

 

この機会に、特に並外れた長距離の渡りをするキョクアジサシの話をさせていただきます。今回、写真は載せませんでしたが、なにしろ「すごい鳥」なのです。毎年、北はグリーンランドから南は南極大陸まで、極から極へと90,000kmも旅をするのです。寿命が30歳として、キョクアジサシが一生に移動する全距離は地球と月との間を3回以上往復するのに等しいといわれています。ちなみにキョクアジサシは、私が名誉総裁を務めるバードライフ・インターナショナルのロゴマークに選ばれている鳥です。

 

アジサシの仲間は世界に44種類おり、繁殖期以外はほとんど海で過ごします。写真はそのうち4種類ですので、まだまだ多くのアジサシの仲間がいるということになります。集団営巣している鳥の上空を飛ぶ姿を見ると多いように見えますが、一気に数が激減する可能性も否めません。営巣地の減少やその近くの漁場の消滅は、アジサシなど海鳥の繁殖成功率の著しい低下につながります。また、マイクロプラスチックは鳥のみならず、すべての海洋生物、ひいては私たち人間にも影響を及ぼします。

マミジロアジサシ 35cm カモメ科
アジア、オーストラリアの小島などで繁殖。宮古島で撮影。
© HIH Princess Takamado

 

世界中の多くの文化において、人間は川で身を清め、穢れを流し、汚れたものを洗うなどしてきた歴史があります。急速な工業化に伴う工場排水も水質汚染につながりました。陸の汚れを川に流せば行きつくところは海。「水に流す」のは「廃棄したい物」ではなく、人間関係においての過ちや仲たがいだけにしたいものです。

営巣している鳥の上空を飛ぶアジサシ類。
アイルランドにて撮影。
© HIH Princess Takamado

 

人類の未来のためには健全な海が必須です。それも、アジサシが本気を出して・・・・・・加速した時のようなスピード感をもって、速やかにグローバルな海洋汚染に対する取り組みを進めなくてはいけません。撮影に出ると、色々と考えさせられます。

 

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