椿とメジロの特別な関係
「レンズを通して」婦人画報誌2022年2月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
ここ2年ほどは、皆さま同様、私も新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため、不要不急の外出を控えておりました。当然、鳥の撮影には出かけられませんでしたので、令和3年1月から2月にかけて、2週間ほど御用地内の椿の花に飛んで来るメジロの撮影を行いました。今回はその時に撮影した写真をご覧に入れます。
この時季、メジロは花の蜜を求めて梅や椿の花に飛来します。今までにも、梅や桜に止まっているメジロの写真はご紹介したかと思うのですが、椿の花にメジロという構図は展覧会も含めて、初となります。それというのも、遠くから見ているとわかりづらいのですが、椿の花は傷があることが多く、幾度か試みたものの満足のいく写真が撮れなかったからです。
そこでこの時の撮影では、メジロがやって来る前に双眼鏡で花の状態をチェックし、止まってくれたら理想的だと思われる綺麗な花をいくつか選んでみました。残念ながら、メジロには美味しい蜜があるように見えなかったのか、それらの花には止まってくれませんでした。しかし、花びらの状態に着目し、数日おきに日の出から午前11時ごろまで、じっくり観察と撮影を繰り返したことで、何とも面白い発見がありました。
地面に落ちている花や花びらは椿に限らず傷んでいることが普通である一方、椿の花は木に咲いている時から茶色く傷んでいるものが多く、これは単純に花弁が弱く傷つきやすいからだと思っておりました。しかし、このたび、その花の傷み具合を確認していた時に、なぜか下の花弁に傷みが集中していることに気がつきました。
メジロはとても小さな鳥なので、大きな椿の花の蜜を吸うためには花弁に止まります。観察していくなかで、メジロは体勢的にバランスの取りやすい下の花弁によく止まり、また、その鋭く長い足爪が花弁に食い込んでいることがわかりました。その様子は写真でもご覧いただけます。つまり椿の花に多く見られる茶色い傷は、メジロが花弁に止まって蜜を吸う行動によるものと判明したのです。
椿の花の開花はまだ寒い時季ですので、昆虫類の活動が鈍く、花粉媒介を鳥に頼っています。鳥に受粉をしてもらうためには、彼らをおしべのある花の中心に誘導しなくてはなりません。椿の花は一枚一枚の花弁とすべてのおしべが繫がっている構造であるため、鳥は花弁の間から蜜を吸えず、正面から頭を突っ込んで蜜を吸うことになります。黄色い花粉を頭や顔につけたメジロやヒヨドリをよく見ますので、椿の作戦は成功しているといえましょう。ちなみに、椿の花が地面に「丸ごと落ちる」=「首が落ちる」ことを連想させ、「縁起が悪い」といいますが、「丸ごと落ちる」=「子孫繁栄の進化」と捉えれば、古くから吉祥の花として愛されてきた名誉を挽回できます。
花の蜜が大好物のメジロにとっても寒い時季に咲く椿の花はありがたい存在。観察していると、白い花よりも、赤や濃いピンクを好むようなのですが、それは遠くから見つけやすいからでしょうか。また、椿の花弁に止まる鳥はメジロだけですので、受粉してもらうために、その重量に耐えられる花弁を持つ花に進化したのでしょうか。いろいろと興味が湧いてきます。
「汚い」と思っていた傷は、実は椿の花とメジロの特別な関係の貴重な証し。なんだか愛おしく思えてきます。コロナ禍でなければ、何日間もカメラを構えて椿の木の前に立っていることはなかったでしょうし、粘った結果、お見せできるような写真も撮れました。観察を通して、自分が何かに気づいた時の喜びや満足感は精神衛生上とてもいいように思います。これからも頭を柔軟に鳥の姿を見守り続けてまいります。