マガモのエクリプス換羽
「レンズを通して」婦人画報誌2021年12月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
秋から冬の初めに北から渡来し、日本で越冬する冬鳥の中で、かなりの存在感を放つのがカモの仲間です。その美しい姿は、日本中で観察することができます。そこで今回は、ルックス的に多くの方にとって「Theカモ」、日本のカモの代表格であるマガモについて書かせていただきます。
マガモの特徴は、オスの美しくメタリックな輝きを発する緑色の頭です。しかし、一年中この色鮮やかな姿をしているわけではありません。オスがこの派手な色合いになるのは、メスにアピールするためであり、捕食者に見つかりやすいというリスクを伴います。
いささか専門的になりますが、ここから題名にもあります「エクリプス換羽」のお話です。マガモ、そしてマガモと同様に色鮮やかな姿をした多くのカモ類のオスは、繁殖が終わると換羽して、メスのように地味な姿になります。秋までの短い期間でも、目立たない姿で過ごす方が有利だからです。夏の時期のこの地味な姿は「エクリプス」と呼ばれますが、私はこの表現をとても気に入っています。「エクリプス」とは「覆い隠す」とか「輝きを失わせる」という意味で、「月食」や「日食」を表す時にも使われる単語です。マガモの輝くような繁殖羽が地味な茶色になることを考えると、まさに言い得て妙だと思います。
カモ類のエクリプス羽への換羽の特徴は、短期間に換羽を行うため、一時的に飛べなくなる点にあります。エクリプス換羽が行われる時期には、目立たない安全に過ごせる場所に移動し、集団で換羽をするそうです。夏が終わり初秋になると、繁殖羽への換羽が始まり、北から渡来する多くのマガモは、エクリプス換羽がほぼ終了した姿で渡ってきます。そして間もなく、写真のような姿でメスへのアピールを始めるのです。
ところで、カモ類の中にはカルガモのように、オスの繁殖羽が地味な種もいます。これらのカモの換羽は「エクリプス」とは呼びません。エクリプスの意味からすると、確かに、「地味から地味」では当てはまらないですね。
同じカモの仲間でも、色鮮やかな繁殖羽からエクリプスになる種と、地味なままの種がいるのはなぜか――それは、メスによるオスの選択基準の違いによります。多くのカモ類のメスが色鮮やかなオスを好んだのに対し、一部のカモ類のメスは、オスの誠実さ(カルガモのオスは浮気をしない!)といったほかの選択基準によりオスを選んだため、オスが色鮮やかな繁殖羽になるという進化をせず、メスと同様に捕食者から狙われにくい地味な姿になったと考えられています。
なお、カルガモのオスは地味であっても、ほかのカモ同様、子育ては手伝いません。カモは連れているヒナの数が多いので、「あなたたちだけでも育メンしてくださいよ」と言いたくなります。しかし、安易な感情移入は禁物。ヒナが多いということは最終的な生存率と関係しており、生まれたヒナが全員成鳥になったら、自然界のバランスは崩れてしまいます。
自然の調和を尊重しながら、この季節は美しいカモたちの姿に魅了されることといたしましょう。皆さまも是非お楽しみくださいませ。