赤い頭のスズメ
「レンズを通して」婦人画報誌2022年4月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
日本人にとって馴染み深い鳥の代表格といえばスズメでしょうか。昨年の2月には「ふっくらスズメ」と題して冬のスズメをご紹介させていただきました。今回は、昔から日本に生息するもう一種類のスズメについて書かせていただきます。
最初の写真をご覧になった多くの方は、何の疑いもなくスズメであると思われるのではないでしょうか。実はスズメではなく、スズメよりやや体の小さいニュウナイスズメなのです。オスは、スズメによく似ていますが、頭や背中がより鮮やかな赤茶色です。野外で最も見分けやすい特徴は、スズメにある頰の黒班がニュウナイスズメにはないという点でしょうか。このページの上の写真と見比べていただくとよくおわかりいただけると思います。また、スズメは外見で雌雄の区別ができないのですが、ニュウナイスズメのメスはオスと異なり、地味な灰褐色です。
今回ご紹介する写真は、何年かにわたって長野県の戸隠森林植物園で撮影したものです。4月から5月にかけ、多くの鳥が繁殖期に入り、囀(さえず)りや求愛行動を観察することができます。同じ巣穴が写っている上の写真2枚は、鳥たちの住宅事情を垣間見た一瞬でした。コガラはカラ類の中で唯一枯れ木に自分で穴をあけて巣穴を作ります。写真のコガラカップルは、2羽で協力し合い、巣穴をほぼ完成させた後、オスがメスに求愛給餌を行っていました。ところが、2羽が巣穴を離れた隙に、なんとニュウナイスズメのメスが飛来。頭を傾げ、さまざまな角度からコガラが掘った穴の中を覗いていました。ニュウナイスズメは自分で巣穴を掘れないので、コガラが掘った巣を横取りしようとしていたのです。巣に戻り、彼女に気づいたコガラのカップルは、かなりの剣幕で追い払っていました。この巣穴の奪い合いの顚末がどうなったのか、今も気になっております。
スズメとニュウナイスズメでは、繁殖環境も異なっています。スズメは街中の人工構造物や集落の家屋に営巣。一方、ひと回り小さいニュウナイスズメは集落や農耕地に隣接した森に棲み、キツツキの古巣などの樹洞を巣として利用します。したがって、私は「ニュウナイスズメは人間生活とあまり関わりのない森の鳥」というイメージを持っておりました。しかし、2001年の5月、宮様と新潟県のスキー場でバードウォッチングをした時に、ニュウナイスズメも人工構造物を利用しているのを目の当たりにいたしました。冬場には賑わうスキー場も、シーズンが終われば、静かになります。ゴンドラリフトの出発地点からしばらく歩いたのですが、なんとゴンドラリフトの柱という柱にニュウナイスズメが止まっており、鉄骨の柱の隙間に営巣していたのです。
スキー場は人里から離れているので、スズメはいません。そういう場所では、ニュウナイスズメがスズメと同様、人工構造物に営巣するのに驚きました。ゲレンデの両側には林がありますが、そこで適当な樹洞を探すより、立ち並ぶ鉄骨の柱の隙間を利用したほうが、天敵に対してより安全というメリットがあったのかもしれません。スズメのいない山間地の集落では、ニュウナイスズメが集落に棲みついている場所もあると聞きます。しかしそれはあくまでもスズメがいない場合で、両者が揃って仲良く同じところに棲みついている、という例は無いようです。
スズメとニュウナイスズメは棲み分けていますが、それは完全なものではなく、力関係に左右される緩い関係なのでしょう。人間社会にも通ずるものがあって、ニュウナイスズメを身近に感じることができた懐かしい思い出です。