赤毛のアンの島
「レンズを通して」婦人画報誌2020年10月号
写真・文=高円宮妃久子殿下
外国へ行くことが普通であった日々が、はるか昔のように感じる今日このごろです。このような状況ですので、読者の方々には少しでも新鮮な空気を感じていただこうと思い、今回はカナダのプリンス・エドワード島の写真を紹介させていただくことにいたしました。昨年の写真に加えて、平成16(2004)年訪問時に撮ったものも使わせていただきます。
プリンス・エドワード島はカナダの東海岸のセント・ローレンス湾に位置しており、日本では『赤毛のアン』の島として知られています。風光明媚なところで、豊かな赤土と草原の緑のコントラストが何とも美しく、青い空をバックに映える教会の尖塔や、海岸沿いに点在する個性豊かな灯台は特に有名です。地元の特産品はジャガイモとロブスター。ロブスターは大変なご馳走のイメージがありますが、地元の方たちにとってはいたって普通の食材だそうです。歴史的には、カナダが英国から独立した際、カナダ建国会議が開かれた連邦政府発祥の地でもあります。
プリンス・エドワード島の北部に国立公園があり、ここは野生生物の生息地に加えて、美しい自然や歴史的な文化財を楽しみたい人たちのレジャーの場でもあります。フエコチドリという絶滅危惧種のほか、多くの海鳥が沿岸部で繁殖しておりますが、海岸は人間が楽しむ場所としても開放されています。要所に看板を立て、バギーの乗り入れ禁止や犬の散歩にはリード装着の義務付けが記されていました。特にチドリやアジサシの仲間は巣や卵が保護色で見えにくく踏みつぶしやすいので、撮影時も細心の注意が必要です。島での環境保全の取り組みについて話を伺いましたが、多くの努力が実を結んでいる反面、気候変動などの影響もあり、思うように進まないこともあるようです。現に私がモントリオールに向かって飛び立った直後、大きなハリケーンが島を直撃し、多くの被害をもたらしました。
この国立公園内に『赤毛のアン』の作者、L・M・モンゴメリの生家やアン所縁の場所がたくさんあり、多くの日本人観光客が訪れます。実は世界的に見ても『赤毛のアン』の人気が日本ほど高いところはほかにありません。原作“Anne of Green Gables”が、後に翻訳を手掛ける村岡花子に贈られたのは昭和14(1939)年で、その2年後には太平洋戦争が勃発。敵国の言語である本を所持していること自体が危険であるなか、彼女は本を守り通し、終戦時には訳し終えています。昭和27(1952)年に出版され、瞬く間に日本の読者に広く受け入れられました。どのような理不尽な目にあっても、明るく前向きで、くじけないアンの姿が、戦後の日本人の心を打ったことは容易に想像できます。そしていまもなお根強い人気の背景にあるのが、21世紀の私たちにも変わらず勇気と希望を与えてくれるアンの言葉の持つ普遍性ではないでしょうか。
当たり前の日々に感謝をし、常に明日の可能性に望みを託すアンの言葉。
――私の経験から言うと、物事は楽しもうと思えば、どんな時でも愉しめるものよ。もちろん、楽しもうと固く決心することが大事よ――松本侑子訳(※)
こちらは村岡花子訳にはなく、松本郁子訳によって表されたモンゴメリの素敵な言葉です。
いまの状況の私たちを励まし、元気づけてくれる力を持っているように思えます。
※『赤毛のアン』(集英社文庫、松本侑子訳)より引用。