パタゴニアカイツブリ、再生への旅路

2017年に、パタゴニアカイツブリの異世界的な求愛ディスプレイの動画がSNSで拡散され、認知度を高めました© Ignazi Gonzalo

アルゼンチン・パタゴニアの高地にある湖に生息するパタゴニアカイツブリは、発見からわずか数十年で絶滅の危機に瀕していました。その後、華麗な求愛ダンスを踊るこの鳥はパタゴニアの自然保護のシンボルとなり、種の回復に向けた活動が行われています。

アルゼンチンの著名な博物学者Mauricio Rumbollは、1974年にパタゴニア地方サンタクルス州の南西端にあるロス・エスカルチャドス湖にて、パタゴニアカイツブリを偶然発見しました。Rumboll博士はこの新種が世界中で最もカラフルで印象的なカイツブリの一種であり、カンムリカイツブリに匹敵する華麗な求愛行動をとることを明らかにしました。今日、パタゴニアカイツブリは数十人の研究者や保護活動家、そして複数の機関の努力により、パタゴニアにおける自然保護活動のシンボルとなりました。

1980年代末には、その繁殖域が調査の結果明らかになり、繁殖可能な成鳥の数は3,000~5,000羽と推定されました。発見される数年前には「野生では絶滅した」と言われていた種としては悪くない結果です。1990年代初めにはIUCNのレッドリストで準絶滅危惧種(Near Threatened) に分類されました。1997年にはIUCNが次のように報告しています。「パタゴニアカイツブリが生存する環境は過酷な自然に守られている。人間がその地域に到達して危害を加える危険も少なく、パタゴニアカイツブリ保護の大規模な行動を起こす必要はないだろう」

個体数の減少

しかしながらIUCNの想定に反し、人間は予想以上に大きな影響を及ぼしました。パタゴニアカイツブリが本来生息する繁殖地や越冬地にて博物学者やバードウォッチャーによる本種の確認が困難になっていました。2003年には、本種の生息環境に悪影響を及ぼす可能性のある最初の要因として、ストロベル高原の繁殖湖でのサケの養殖が挙げられました。2009年、地元の保護団体Aves ArgentinasとAmbiente Surは、パタゴニアカイツブリに注目し始め、2011年には、国立科学技術評議会、ネオトロピカル・バード・クラブ、バードライフ・インターナショナルの支援を受け、パタゴニアカイツブリ・プロジェクトを立ち上げました。

本プロジェクトではパタゴニアカイツブリを精力的に監視し、その分布、個体数の傾向、脅威を記録しています。その結果、繁殖可能な成鳥の数が1980年代から80%も減少し、現在ではわずか750羽の成鳥しか生存していないという衝撃的な結果が得られました。この数十年の間に、なぜこれほどまでに個体数が激減したのでしょうか。

その最大の脅威の一つは、地球上のすべての生物多様性、そして人類にも影響を及ぼす気候変動です。これらの影響は、カイツブリが繁殖できる湖が驚異的な速さで減少していることが何よりの証拠です。気候変動の影響により、三種類の外来種がパタゴニアカイツブリの生息地に侵入し、それぞれが異なる生育段階に影響を与えています。

パタゴニアカイツブリはMilfoilと呼ばれる水生植物の上に巣を作ります© Darío Podestá

最初の要因として挙げたサケやマスなどの淡水魚は、釣り好きを惹きつけ地域社会に大きな観光収入をもたらしています。また、サケやマスはパタゴニアカイツブリの繁殖していない大きな湖や川を探すことがほとんどなので、これは必ずしも問題ではありません。しかし残念ながら不適切な管理と知識不足が重なり、カイツブリにとって非常に重要な小さな湖にもこれらの魚が放流されてしまっているのが現状です。

最もよく見られる外来種であるニジマスは、カイツブリが通常餌としている淡水性の無脊椎動物を食べ尽くし食物連鎖全体に影響を与え、環境レベルで甚大な影響を及ぼしています。さらに、水質にも影響を与えてMilfoilの生育を妨げています。このMilfoilというのは、湖で唯一の水生植物であり、パタゴニアカイツブリが浮き巣を作るために不可欠な植物です。

パタゴニアに生息するミナミオオセグロカモメは、動物の死骸やごみの埋立地、漁業の廃棄物など人間活動によって残されたものを利用することから、近年高地でも見られるようになった生物です。このため、「ネオ・ネイティブ(新しい在来種)」、つまり自然の外来種と考えられています。このカモメが外来侵入種となるかの定義については曖昧ですが、影響を与えていることは明らかです。具体的に記すと、全ての生物にとって最も重要な時期である産卵期にコロニーにやってきて捕食するからです。カモメ一羽が30以上の巣を持つコロニーを45分以内に襲って、一度に数十個の卵とヒナを食い尽くしたという、凄惨な記録も残されています。

招かれざる客

最後に、最も深刻な脅威となるのはアメリカミンクです。ミンクは20世紀初頭、パタゴニアの経済発展を見込んで毛皮生産のために北米から持ちこまれた外来種です。ミンクは、パタゴニアカイツブリの成長段階を問わず襲う可能性があります。カイツブリというのは、成鳥は長い年月をかけてゆっくりと子供を産み、通常は一度に一羽のヒナを育てます。条件が悪い年には全く育てないこともあり、繁殖力のある成鳥を一羽失うということは、将来の数に壊滅的な影響を与えます。さらに、自然環境におけるカイツブリの捕食者は、ハヤブサやアンデスチュウヒなどの猛禽類だけであり、水生で哺乳類の捕食者に遭遇したことがないため、ミンクを避ける本能がありません。たった一匹のミンクに20匹以上の個体が襲われたケースも確認されています。他にも現在パタゴニア国立公園となっている地域で、一晩で33匹のパタゴニアカイツブリが殺されたという悲劇的な記録もあります。

2012年以来、パタゴニアカイツブリ・プロジェクトはこうした脅威と戦ってきました。主な取り組みとしては、コロニーのアメリカミンクやカモメの管理、重要な繁殖湖からのマスの除去、強風の影響を軽減するための防風林や人工巣の設置の試行などが挙げられます。また、保険として、親に捨てられた卵やコロニーが破壊された後に残された卵を回収する飼育プログラムを実施し始めています。カイツブリの親は二個の卵を産みますが、最初のヒナが孵化すると別の卵を放棄する傾向があり、「予備」の卵が用意されていることを意味します。飼育下で育てられた幼鳥を野生に帰すことは最後の手段ですが、主な脅威を解決さえ出来れば、野生の個体群を強化するために役立てることができるでしょう。

最も心配な要因のひとつである成鳥の損失は大幅に減少し、コロニーの繁殖成功率はほぼ二倍になりました。これは、訓練を受けた技術者である「コロニー・ガーディアン(コロニーの保護者)」が巣を見張り、ミンクやカモメに襲われたときに介入する懸命な作業のおかげです。これにより、全体の個体数は安定したばかりか、当初に比べわずかに増加しました。しかし、保護活動においては、常に警戒を怠らないことが鉄則です。2018年から2020年の3年間は、気候条件の変化により、Milfoilの開花が妨げられ、カイツブリが作ろうとした巣も吹き飛ばされ、繁殖は全く見られませんでした。

捕食者の攻撃から巣を守るため、極限状態でキャンプをするコロニー・ガーディアン © Nadia Nahir Sotelo

幸い、2021年には繁殖の鍵となる湖、エスタンシア・ラゴ・ストロベルに20基の浮き台を設置しました。この浮き台は、風で流されないように湖底に固定され、カイツブリが巣を作るために天然のMilfoilで覆われています。カイツブリはすぐにこの浮き台を受け入れ、自然の繁殖コロニーと同じように行動するようになりました。カイツブリがこの人工プラットフォームで産卵・抱卵する姿を見られる日も近いと期待されています。

他の場所では、成鳥の個体数は安定しており、子育てのために天候が良くなるのを待つだけです。再び繁殖するようになったときに、完璧な環境となるように、外来種の除去を進めることがさらに重要となってきます。

取り組みはつづく

カイツブリの未来は新たな脅威に満ちており、中にはこれまで以上に大きな問題もあります。その一つにサンタクルス川に建設中の2つの巨大水力発電ダムは、この種と冬の生息地への影響がまだ判明しておらず、未知の脅威となっています。そのため、私たちは現在、潜在的なリスクとその対策について分析を行っています。

しかし、保護活動は確実に良い影響も与えています。ジャイアントパンダほどではありませんが、カイツブリがよく知られるようになり、現在では地元、地域、国際的に、パタゴニアの生物多様性保全のためのシンボルとなっています。パタゴニアカイツブリの生息地を保護することによって、ミナミクイナ(危急(Vulnerable))やヤマガモなど他の絶滅危惧種や減少種の生息地を保護し、さらにチンチラ科のウサギに似たネズミであるウォルフスハン・ビスカチャ(Wolffsohn´s Vizcacha)やチリカワウソなどの哺乳類も保護することができるのです。

また、パタゴニア国立公園の設立やJuan Mazar Barnett生物学研究所の設立もパタゴニアカイツブリのおかげです。この燦然と輝く鳥はパタゴニアの草原を守る、いわば真の守護神となっているのです。

報告者:Kini Roesler, Co-ordinator of the Patagonia Programme, Aves Argentinas

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